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『書物』のリレーエッセイ(第10回)

『文学の体験』を作る / 小埜裕二(言語系コース 日本近代文学専攻)
()内の肩書・所属は掲載当時のものです

学部で用いる文学教育の教材として『文学の体験』という本を作っている。「近代日本の小説選」という副題がついた、前・後期各15コマずつの授業に対応できる、30編の短編小説を収めた本である。既刊『文学の体験1』『文学の体験2』に続き、現在『文学の体験3』を製作中である。授業では、読解力をつけること、読書習慣を身につけることを願い、1コマ1編の小説を読むようにしている。読み方が分かり、本を読む意義や面白さが分かることが、学生諸氏の生き方の上に、また将来、教員として国語を教える上に重要だと考えるからである。

授業では、書かれていることを理解する読み方(読むこと)、隠されていることを理解する読み方(解釈すること)、書かれていないことを考える読み方(批評すること)など、種々の読み方を学び、それぞれの読み方において、読む喜び、解釈する喜び、批評する喜びを体験できるようにしている。読むことは、聞くこと、話すこと、書くことに変換されたとき、その人の力になると考えるので、授業では特に書くことを重視する。半期分の授業を終えた学生諸氏には、その労をねぎらい、「ご苦労様」と声をかけたくなるほど、たいへん難儀な授業である。

文学の体験は、人生の節目となるような現実の体験には及ばない。しかし人生の経験とは異なる、別種の、大切なものを与えてくれる。一言でいえば、考え方、生き方の型といったものである。若いときに読んだ文学作品が、私たちの霊魂に目鼻をつけてくれたという経験を持っている人は、社会人の中には少なくない。本学の学生諸氏が、若いうちに、文学を通して自身の生き方や考え方の型を身につけてくれることを願っている。

製作中の教材『文学の体験3』には、他の本にない、文学の力を豊富に内包した魅力的な作品を数多く収めている。一方、中学・高校の教科書に入っている小説もいくつか入れた。時間的に限られた文学教育のカリキュラムのなかで、はじめての小説を読解するときに必要な作業を短縮し、その先にある文学の力を効率よく受け取ってもらうためである。どの作家のどの小説を次の教材に収めるか、私は夢をもって選ぶ。作品が決まれば、その本文を入力し、仮名遣いを整理し、著作権のあるものは使用の許諾をとり、といった、あれこれ面倒な作業が待っているのだが、授業の後で「この小説、おもしろかった」と言ってくれる学生諸君の満足そうな顔が見たいために、またつい新しい本を作ってしまうのである。(2015.2.9)


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