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『書物』のリレーエッセイ(第15回)

この本に出合っていなかったら / 松沢 要一(教育実践高度化専攻長)
()内の肩書・所属は掲載当時のものです

高校3年の晩秋。それまで何となく中学校の数学の教師になりたいと思い、教育学部を受験するつもりでいた。ところが、間もなく願書を提出する時期になって、迷いが生じてきた。中学生の頃の数学の授業を思い出すと、教科書の例題を先生が説明し、その後、練習問題をすることが授業のパターンだった。こういう仕事はやりがいがあるのだろうかと思い始めた。迷ったままではあったが、教育学部には出願しないことにした。そして、教育学部の受験科目のままで受験できる別の学部を急いで探し出し、2つの大学に出願した。

受験を終えた。遠方の大学だったため、合否の電報を申し込んできた。両大学から届いたのは、「桜散る」の電報だった。

大学に合格できなかった場合は、就職することを親と約束していた。ところが、親戚の働きかけもあり、1年間の自宅浪人(予備校に行かずに自宅で受験勉強すること)を親に許可された。しかし、自宅での受験勉強は思うように進まない。そこで5月頃から、同じ境遇の同級生と二人で公民館に通うことにした。9時の開館から18時の閉館まで、公民館の図書室にいた。受験勉強の合間に、現役高校生に数学を教えることもあった。

そんなある日、図書室の本棚に1冊の本が目に留まった。『教えるということ』(大村はま著、共文社)である。「教えるということ」(新規採用教員研修会での講演)、「教師の仕事」(教育委員会協議会主催講演会での講演)、「「ことば」について」(高等学校同窓会での談話)からなる。勝手に思い込んでいた教師の仕事とはまったく異なることがたくさん載っている。特に強烈に印象に残っているのは教材研究のことである。「かならず教材は新しく発掘して使います。だれも使ったことがない、教科書なんかにはもちろん載っていない、そういう新しい教材を用意します。」(p.23)

どの学部を受験するか、どのような仕事を目指すかの迷いは吹っ切れた。翌春、教育学部に進学した。卒業後、中学校の数学教師となり、教材にこだわりを持ち続けた。大学での仕事も教材に軸足を置いている。

この本は昭和48年11月に第1刷が発行されている。本書を初めて読んだのは昭和49年である。その後、何度も読み返している。もし、この本に出合っていなかったら、教師の道を選んだかどうかはわからない。本書は新たに編集され『新編 教えるということ』(大村はま著、ちくま学芸文庫)となっている。本学の学部1年生の必読図書でもある。(2016.9.2)


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