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『書物』のリレーエッセイ(第14回)

学級文庫にあった本 / 松田 愼也(教科・領域教育専攻長)
()内の肩書・所属は掲載当時のものです

私の小学校時代は昭和30年代の名古屋である。一度転校しており、二つの小学校に通ったわけだが、どちらにも図書室はなかった。高度成長期に入ったころで社会もまだまだ豊かでなかったし、ともかく児童数が多かったから、その余裕もなかったのであろう。

そんな中で記憶に残っているのが学級文庫である。教室の後ろにミカン箱大の木箱が置かれ、そこにかなり傷んだ本が10冊ばかり平積みになっていた。借り出しの規定はなかったと思う。読みたい子が自由に持ち出していた。もっとも覚えているのは3年生時と6年生時だけで、他の学年時についてはあったかどうかさえ記憶にない。

3年生時で覚えているのは、マンガ本の『モンテクリスト伯』や『忠臣蔵』である。前者は、今思うと原作にかなり忠実な筋立てで、私はこれによってその粗筋を覚えたといっても過言ではない。後者についてはギャグのいくつかが未だに忘れられない。

6年生時のものでも印象に残るものが2冊ある。1つ目は『郷土に輝く人々』、題名から明らかなように愛知県出身の偉人の伝記であり、これにより江戸中期に飛島新田干拓事業を行った津金文左衛門、明治用水計画の先駆者である江戸後期の都築弥厚、近代では詩人の野口米次郎、普選法を成立させた総理大臣加藤高明の名を覚えた。愛知県出身なのだから豊田佐吉の名前も当然あったはずだが、どういうわけか記憶にはない。

もう1冊は『忘れえぬ人々』であったか、自らを犠牲にして川で溺れかけた下級生を救った小学6年生の逸話、全学に「走れ、走れ」と号令をかけ率先垂範して心身の鍛練の伝統を作った旧制中学校長の逸話などが記憶に残る。

こうした学級文庫の本は誰が準備したのだろう。当時の経済情勢からして、学校やまして担任ということはないだろう。たまたまの寄附であったり、教育用図書として配布されたものが元と考えられる。それらを適当にまとめて適当な教室に配置した。そんなことではなかったか。だからきっと学級文庫のない教室もあったに違いないと思うのだが、小学生にとって他クラスは外国のような未知の世界だったから、真実のところはわからない。(2016.6.30)


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