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『書物』のリレーエッセイ(第11回)

自分の人生と折り重ねられる本をもっている至福 : ニコラス・モンサラットの「非情の海」 / 石野 正彦(学校教育実践研究センター長)
()内の肩書・所属は掲載当時のものです

ニコラス・モンサラットの「非情の海」

今年は第二次世界大戦後70年の節目の年になります。子供の頃には,はるか昔の出来事として父に聞いたり本で読んだりした戦争のことが,歳をとってからかえって身近に感じられるようになってきました。おそらく歳をとることによって,様々な知識や経験が私の中に蓄積してきた結果,よそ事であった戦争のことが自分ごとのように感じることができるようになってきたためでしょう。

歳をとってからの読書には似たようなことがおこります。予備校生の時に昼飯を抜いて買った古本の「非情の海」(モンサラット,フジ出版)。今も古本屋の書棚の前で逡巡している当時の自分を感じることができます。貧乏であった私にとって古本といえども厚い単行本を買うには値段が高かったのです。意を決して買ったその本は一生の宝物になりました。

第二次世界大戦が始まり,27歳のジャーナリストだった主人公が義勇英国士官として小さな軍艦に乗り込むところから物語が始まります。不安と冒険心しかない若者が海での戦いと生活の中で育っていき,自信と深い悲しみを抱いて戦後の社会に踏み出していくところで終わります。著者の実際の経験を生かした小説です。

主人公は,まったくの素人ですが士官(管理職)として軍艦に乗り込みます。ベテランの兵隊や尊敬できる艦長だけでなく,どうしようもない上司などとの人間関係に悩みながら戦いの中で成長していきます。主人公をとりまく多くの登場人物の5年間の群像劇ともいえます。

10代で読んだ時,主人公は確固たる大人に感じたものでした。しかし,何度も読み返しているうちにいつしか主人公の歳を過ぎ,艦長の歳も過ぎ,今はもう本の中のおおかたの登場人物より私は年寄りになりました。そして,よく分かるようになったのです。「そういうものかな」と思っていた本の中のできごとや思い,「そうそう,そういうことなのだ」と思うようになったのです。

いやな上司(校長)に仕えたこともありました。2度の大地震を管理職としてなんとか切り抜けたこともありました。もちろん仕事だけではありません。私の実人生が本の中のさまざまなことに折り重なってきたのです。今読み直すと,自分自身の考え方をこの本は形成してくれていたのだとも思えます。

みなさん,若い時に人生を共に旅する本をぜひ持ってください。歳をとることも楽しみになりますよ。(2015.6.8)


図書館の蔵書は1992年刊の至誠堂発行版です。ご了承ください。

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